10月25日(月)
私自身も自分のホームページにカウンタつけてるぐらいだから、それなりに「ああ、このコンテンツは何人ぐらい見にきてくれたんだなあ」なんてのは気になるもんだ。特に男性のHPだとなかなかアクセス数なんてのは増えるもんじゃないしね。
けど、私の場合はノンフィクションのサイトだから、アクセス数が増えることを前提に中身を作ったんじゃ、本末転倒になっちまう。だから過剰なアクセス増は期待していない。ま、はっきりいって今でも掲示板のレスが溜まるぐらいだから、なんかの拍子にいきなりアクセスが増えたりした日にはお手上げになること間違いなしだし。ま、そんなことはないだろうけどね(^^;;;
ところが、アクセス数に異常にこだわるサイトもあるわけだね。世の中には。アクセスを増やすためにどうするか・・・というコンセプトでHPを構成している。一番手っ取り早いのはちょっとお色気を入れればいい。女性のサイトでよくやる手だね。最近ネットアイドルなんていわれてる人達の多くがこの手口か。
次に・・・かなり刺激的な内容を掲載するタイプ。最近では東●問題しかり、いじめられている自分の子供の写真を貼っているサイトしかり、そして今度の・・・神戸の虐待日記サイト。
わたしはこのサイトはフィクションだと信じてます。本当の人間の母親だったら、自分の子供を虐待し、それをネットに日記として載せるなんてできるはずがありません。いや、鬼だって自分の子供にこんなことできません。そう、あのHPはきっと母親の偉大さを知らないガキが面白半分にアクセス数を増やそうとした作り物だと信じてます。だからフィクションを前提に述べれば、
虐待が悪いと思った子供は自分が親になった時繰り返さなければ良い
確かに親になれば選択はできるかも知れません。でも、虐待された記憶がトラウマとなって残り、大人になってまた子供を虐待してしまうというのもよく聞く話です。それも、それまで子供が生きていることができれば・・・です。
子供は何もしないで生まれてくるわけがありません。SEXをしたから生まれてきたのです。SEXをすることを選択し、そして実際にしたのはあなた自身です。その結果子供が生まれるのは必然。つまり自分が判断して生まれた以上、親としての責任があるのは当然のことでしょう。
以前にも書きましたがSEXは子供を作るため・・・子孫を残すため・・・に哺乳類が行う手段です。快楽が前提ではありません。ところが、ネットでもSEXでもそうですが、最近の世の中は前提を抜きにして、手段だけを論じることが多過ぎます。つまり中身が全然ないんだよ、馬鹿やろう!
それが真実であれ、フィクションであれ、「悪」を正当化するようなもの、しかも子供をダシにした「悪」のサイトなんてのは、この世の中で最低だ。しかも善悪の判断ができないならまだしも、自分で「悪」と認識しながらやってんだろ、どう考えたって。
「表現の自由」は「なんでもあり」ではないはずだ。そして「自由」の裏側には必ず「責任」があるんだよ。そう、世の中には作り物だから、冗談だからで済まされない事だってあるってこと、忘れないで欲しいね。
今日の教訓:ものすごく不快だ