4月26日(月)
さて、先週の書籍売り上げランキングは次のとおり。
1位:五体不満足
2位:ファイナルファンタジーVIII アルティマニア
3位:「少年A」この子を生んで…
この際、2位は置いておいて、1位と3位の本について。1位は生まれつき身体的ハンディを持ちながら、健常者に負けないバイタリティを持って生活する青年、一方3位は五体満足に生まれながら精神的障害を持つに至ってしまった少年の話が上位に入っていて興味深い。
私自身、子供を持つ親として、自分の育児に対する関り方を考える意味でも、興味を持った3位の「少年A」この子を生んで・・・をこの土日で読んでみた。読後、私には何ともいえない憤りが残った。もちろん事件の犠牲者に対する気持ちもあるが、この憤りはむしろこの両親に対してである。そういう状態なので、最初は簡単にまとめようと思ったが、あまり簡単・明瞭にはまとまりそうにない。とりあえず私自身が個人的におかしいと感じた事を書いていきたいと思う。
もしかするとこれは相当偏った見解かもしれない。もしこれを読んだ方のご意見をいただければ幸いです。
この両親は「子供の自由」について勘違いしていると思う。
この手記によると、この両親は少年に対し、非常に理解のある親を演じていたように感じる。子供がやりたいといえばやらせ、子供がやりたくないといえばやらなくていいと。父親は「勉強ができなくてもいい」ともいっている。だが、私はまずこの両親が言う「子供の自由」の考え方が根本的に間違っていると思う。
これは子供の自由にさせているのではなく、ただ子供の我儘を聞いてやっているだけである。「うちの子は自由にさせています」といいながら、実は親がやるべき事を放棄しているのではないか。私は学校の勉強がすべてではないとは思うが、学校で勉強しなくていいとは思わない。
学業成績が1番である奴が一番偉いとは言わない。だが、学校では集団生活を通じて学ぶべき事がある。何よりも「社会においてどうあるべきか」、そして「努力すること」は学ぶべきだと思う。それを、最初から「勉強はできなくてもいい」と親が子供に言ってしまっていいものか?
例えば、少年が煙草を吸っているのがわかったとき、この親は「吸ってるのか?」と問いかけ、少年が「吸ってない」と答えると、「息子を信じる」という大義名分をたててそれ以上追求するのを止めてしまう。どこの世界に「悪い事をした」と思って、それを正直に「私は悪い事をしました」なんて最初から正直に告白する子供がいるっていうのか。たいていは悪い事と思いながら、悪いとは認めないのが当たり前だろう。そこで善悪に境界線を設けてやるのが親の責務ではないのか。
ところが酒を飲んでいるのが発覚した時も、母親が「酒を飲むなら私たちの前で飲め」と言っている。もう、この時点で私はこの親が十分おかしいと思う。これって、「悪い事だけど、親の前でやればいい」って事でしょ。これじゃ、それ以降、善悪の境界線はなくなってしまう。
「私は息子を全面的に信じています」なんて言葉は、一見カッコはいいが、実は親としてあまりにも無責任だと思う。子供は本来、善と悪の判断がつかないものだ。極論すれば、何も教えなければ、半分は「悪い事」をして当然だと思う。だから、誰かが「これは悪い事なんだ」ということを教えなければならない。もちろん、その誰かとは、その子供の親なのだ。
この両親は子供に対する配慮が足りないと思う。
私が思春期の頃は、まだレンタルビデオもなく、まして家にはビデオデッキもなかったので、映画を観るといえば映画館に行くかテレビの●●洋画劇場なんてのを見るしかなかった。で、その映画館はスケート場、ボーリング場と並んで「3大不良の溜り場」というぐらいだったから、映画館に行ったのも夏休みなどの◆◆マンガ祭り」なんてのぐらい。本格的に映画を観たのは高校生になってからだと思う。
ところが、今は環境が違う。200円も出せば大概のビデオはレンタルできるし、それを自分の部屋で一人で見る事も可能だっていう環境がある。インターネットも然り。だからこそ、親はそのソフトの内容について、ちゃんと選別しなきゃならないと思う。
手記では「昔の父親は、子供にあまり関心がなく、外で好きなことをしているというイメージ」なんて書いてあったが、実はこの選別に関しては、昔の親父の権限は絶大であった。親父が一度「ダメ」といったら、それが理不尽であろうがなんであろうがダメなのである。
ところが、この親父ときたら、AVビデオを見つけた時に息子と緒にAVビデオ見る始末だし、母親ときたら「マイキーは内容がちょっと良くないと思い、注意しました」なんて言っておきながら、思春期の中学生に「13日の金曜日」シリーズを全巻と「エクソシスト」と「オーメン」と「エルム街の悪夢」見せ、「サダム・フセイン」と「ヒトラー」を読むのを黙認している。
いや、黙認しているどころか、ヒトラーを捕まえて「何かを成し遂げる人というのは、普通の人と何かが違う」なんて言っている。そりゃ、ヒトラーは普通の人とは違いすぎるよ。これじゃ、息子がジェイソン君になっても仕方ないと思うが。
もし、「13日の金曜日」を見たのなら・・・私なら中学生には見せないが・・・せめてそれを見た子供がどう思っているかをじっくり観察べきだと思うし、場合によってはきっちり話すべきだと思う。「ヒトラー」を読んだのなら、ヒトラーは決して英雄ではないということを、きちんと話しておくのが親の責任だと思う。この両親にはそういう子供に対する事前の配慮と事後のフォローが足りないと思う。
この両親は子供に対する観察力がまったく足りないと思う。
躾はしたといっている。その内容はここから始まる
・1ヶ月経たないうちにトイレでうんちをさせた。こういうことは早い方がいいと思った。
・1歳9ヶ月でおむつをすべて取る。昼間のおむつはもっと早く取った・・・それ以降お漏らしは大丈夫fだった。
正直言って早すぎないか?これには躾というよりは親のエゴ、または神経質さの表れのように感じるのだが。その他にもこの母親はずいぶん事細かにああしなさい、こうしなさいと言っていたようだ。本人は気づいていないようだが、手記からするとそう感じる。正直言って、これは躾ではないと思う。「日ごろから起りえる事を想定して、口うるさく注意さえしていれば、躾をした」と勘違いしているか、あるいは「言っておいたはずなのに」と責任逃れをしていただけではないか。
躾はタイミングが大事だと思う。タイミングを見ないで四六時中「ああしなさい」「こうしなさい」では、子供にはストレスが溜まるだろうし、まして子供がまだやってもいない事に対して事細かに言われた日には、子供だってノイローゼにもなるだろう。
タイミングのいい躾を行うためには、常に子供に対して注意を向ける・・・全力で子供を観察しなければならないと思う。この子供の場合、例えば生活態度に如実にその兆候がでているじゃないか。朝10時まで平気で寝ている環境や、食事も満足に取らないでスナック菓子やジュース類ばかりの生活は、親がおかしいと感じなければならないのではないか。
この親は事件前も事件後も、「子供が無表情、無関心な様子で何も気づかなかった。もっと興奮するとか、慌てれば・・・」と書いているが、私はそれは違うと思う。子供に変化はあったはずだ。この両親が気づかなかったか、気づかないふりをしていただけだと思う。目の動きひとつ見ても、きちんと観察していれば、絶対変化に気づかないことはあり得ない。だって、自分の子供じゃないか。
この両親は、家族に、そして子供に描いた心の中の「理想の姿」だけを見て、現実を見ようとしていなかったのではないか。理想の息子像を漫画の中に求めるぐらいだから仕方がないが。今度の事件で少年は自分の中に架空の世界を持っていたと報道されているが、実はもっと恐ろしい虚空の家族を描いていたのは、この両親の方ではないのか。
事件後の手記で母親が「感情表現が苦手」って書いていたことにも驚く。実の息子がこれだけの事件を起した時、ストレートに感情が出てこないのは、この母親がいまだに虚空の世界から脱していないからではないのか。この手記からは、自分と息子への嘆きは聞こえてくるが、喜び、怒り、哀れみ、楽しみといった家族や社会に対して関わりがまったく見えてこない。事件に関わった人への感謝の言葉や反省の言葉はならんでいるが、それはまるでワープロの定型パターンに登録されている時候の挨拶のようで、私にはその裏側にある気持ちがまったく見えてこないのだ。
この手記のなかで、この母親は「私はどうしたらいいんでしょう」と何度も書いているが、その言葉は虚しすぎる。残念ながら育児にマニュアルなどないと思う。その子供に今、何が一番必要なのかは、子供をよく観察していなければ判断できない事だと思うし、それがするのが親としての責任だと思う。
「私はどうしたらいいんでしょう」と聞くこと自体が、親としての責任を放棄しているとしか思えない。被害者の家族に即座に謝罪にいかなかったのも、そんな自分自身に対する逃げの現れではないのか。
あなた達は問う。
あの子は一体、何者なのでしょうか?一体、何に問題があったのでしょうか?
私は答えは明白だと思う。
あの子は紛れもない、あなたたちの子供で、そして問題があったとすれば、あなたたち両親だ、と。
この本を読み終え、この親の無責任さに対するとてつもない苛立ちを感じずにはいられない。そしてまた、自分の子供たちに対する親としての責任を再確認した。そして僅かながら安心したのは、この少年は普通の生活環境で育ったのではなく、あまりにも特殊な環境で育ったとわかった事である。いや、少なくても私にとっては「特殊な環境」だと思えるのだが。
なぜなら、まさにこの本のタイトル通り、この両親は、この子を生んだけど、この子を育ててはいないのだから。
今日の教訓:この本の印税が被害者への償いに当てられるというのが、せめてもの救いか。
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