3月23日(火)
今週末、スーパーではだんご便乗商法花盛り。菓子パン3兄弟に肉だんご3兄弟。でも巨大な肉だんご3個は、いくらなんでもやり過ぎ。さて、このブーム、今週あたりで峠を越してしまいそう。どうも最近の日本人はなんでもお祭り騒ぎにして、そのあとは汐が引くように忘れ去ってしまうからなぁ。静かなブームってのは、あれだけしょっちゅう「秘湯」の番組をやる今のマスコミのやり方を思うと、無理かもしれない。
育児をしない男を父とは呼ばない
これについては、先週書いた直後の金曜日に地元の新聞社が朝刊のコラムで取り上げていた。ただし論調は私と正反対の「今年のNO.1CM」って表現だった。朝刊のコラム書くぐらいだから、結構年のいった人じゃないかと思うが、その論調にはちょっとガッカリ。
そのコラムの中では、あのCMが本来意図しているところには何も触れていない。仮にもマスコミと呼ばれるところが、テレビCMの表づらだけを見て迎合する記事書いてどうするんだろう?発表記事ばっかり書いてるから、上辺だけの内容になっちまうんじゃないかと思うが。批判精神のないマスコミってのはちょっとねぇ。しかもコラムだし。まあ、なんでも批判すればいいという訳ではないだろうが。
「男女平等」を唱える人には申し訳ないが、夫の分担する育児は、妻の育児とは基本的に違うと思う。夫婦揃って「同じこと」をするのが正しい育児だとは思えない。
父親の子供へ接する時間、そしてその接し方はとても重要だと思う。なんかうまく表現はでいないが、父親は子供にとって憧れの存在でなければならないと思うのだ。自分のできないことをたくさんできて、自分の知らないことをたくさん知っている。
父親といると、釣りやスキーに連れて行ってくれて、カブト虫の取り方を教えてくれて、木の削り方を教えてくれて、お母さんには内緒で駄菓子屋でお菓子を買ってくれる・・・「こいつは一番当たりやすいんだぞ」とか教えてくれながら。
そう、私は父親として、子供にとっての遊びの「師」でありたい。決して子供のおむつを替えを妻と分担したりすることが、正しい「父親の育児」ではないと思うからだ。
この結構「年輩」と思われる記者が育児をした頃は、どうだったのだろう。コラムは例によって「最近の若者は」のような論調だったが、果たして当時の父親はあなたの意図するような「父親」でしたか?
ただ、昔の父親は、少なくても今よりは遊びの「師」ではあったと思う。なんてったって、今の子供たちの遊びの「師」は「ソニー」と「任天堂」と「セガ」なだから。
今日の教訓:CMが話題になったからといって、育児をブームで済ます訳にはいかない。
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