2月26日(金)


いよいよ明日のゼロックス・スーパーカップ<くれぐれもラーメンではないから、念のため>を皮切りに、99年のJリーグが開幕を迎える。冬の間は一週間の楽しみが日曜深夜のセリエAだけだったが、これで土曜日にも楽しみが戻ってくるぞ。鹿島、磐田の常連に、平塚には練習試合で負けたみたいだけど、今シーズン相当な補強をした名古屋あたりが優勝争いに絡んでくるか?そう、私にとって春の訪れを告げるものは、福寿草よりサッカーなのだ。

さて、そんなJリーグ開幕直前なのに、この2日間のニュースは生死をさまよっている一人の主婦の話題ばっかりだ。日本中で毎日どれだけの人が死んでるかしらないが、昨日まではまったく無名の主婦が一躍時の人に。たった一人の死をこれだけ寄ってたかって報道しているマス・メディアの真意はなんなのか。

いちばん汚いのは、彼らの大多数が今回の脳死判定を「肯定」も「否定」もせずにいることだ。成功すれば肯定し、失敗すれば追及する・・・世論がどう動くか、様子を見ている・・・その上、「私達は世論を代表しています」みたいな顔されちゃ、ハッキリ言って迷惑なんである。彼らには「報道機関」としてのポリシーはないとしか思えない。いや、彼らの精神は「報道機関」ではなく、「野次馬」だとすれば仕方ないが。

結局、彼らは都合のいい時ばっかり「報道の自由」なんていう自分勝手な言い分をさんざんしておきながら、自分達の利益のためには「個人のプライバシー」なんてのは平気で踏みにじるような、最低の人間の集まりということを再認識。今回の「騒ぎ」は遺族にはほとんど関係ない問題なの、寄ってたかってこの騒ぎ。

私は、脳死は人の死だと思う。悲しい事だが心臓が停止し、反射がなくなり、呼吸がなくなれば、それは人間として「生きている」とは言えない状態だと思う。しかし、移殖の問題は死とはまた別な問題なんじゃないか。

残された家族にとっては、どこから、いつからが「死」なのかという問題よりも、愛する家族の肉体を、生命が途切れたからといって切り刻むという行為に対する抵抗が大きいんじゃないかと思う。

だが、少なくてもこれだけ騒がれたら、家族がどちらに判断しても悪人扱いされる可能性が強い。移殖を拒否すれば「家族の意志を無視し、移殖を待ちわびている人の期待を裏切った」と言われ、移殖すれば「脳死移殖第一号の夫」なんて、どっかの馬鹿写真紙あたりが平気で掲載しそうだし。まあ、実際にはそれを買う奴も山ほどいるってのが、悲しいかな、現代の日本なのであるが。

マス・メディアの責任は重い。先日のダイオキシン報道もそうだが、その責任は後から訂正すれば回避できるような問題ではないと思う。特に現在のような一方的に伝えることが主体のマス・メディアにおいては尚更。果たして記者の一人一人がそこまで責任持って取材・報道しているんだろうか?


今日の教訓:自分がその立場だったら、どうしますか?


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