2月19日(金)


米国の自動車メーカーがエアバッグでやけどを負った女性らペンシルベニアの住民7万5,000人から集団で訴えられ、陪審が1台あたり730ドル、総額5,850万ドルの損害賠償支払いを命じる評決を下したそうである。

この自動車メーカーは控訴するらしいが、1台730ドルってことは、1ドル120円として87,600円、総額では65億6,400万円ってことか。総額はともあれ、「○○○の車をお持ちのあなた、今、原告になれともれなく80,000円が貰えますよ」となれば、そりゃあ、原告にもなるでしょうよ。

でもねえ、どう考えてもこのアメリカ人の感覚にはついていけん。じゃあ、エアバッグで助かった人の分はどうなるんだ?そのペンシルバニアの女性は死んでたかもしれん。それを差し置いて「やけどに賠償」の感覚は、陪審員制のアメリカらしい。エアバッグは乗員の安全を守るのは当然、やけどはその機能外ってことなんだろうけど。

日本の裁判とアメリカの裁判を比べた場合、日本の裁判は時間がかかりすぎる欠点はあるが、私はアメリカの何でも訴えて、やり手の弁護士が活躍し、陪審員の感情に訴えたほうが勝訴・・・なんていうテレビドラマそのままの理論よりは日本型の方が信頼できる。

おりしもアメリカでは模擬裁判番組が全盛のようだ。実際の夫婦喧嘩なんかをテレビで公開裁判する。きっと視聴者は「俺はこっちが正しい」なんて批判しながら見るんだと思う。日本でも似たような番組はあるけど。

けど、それは自分を安全な位置においているからこそできる発言だと思う。ところが、アメリカではこのテレビ番組と実際の裁判の境がない・・・あるいは逆転しているのではないか。これでは評論家が実際の裁判に関わってしまっているようで本末転倒である。

アメリカは移民主体の多民族国家だから、基本的に国民どうしの間に「信頼」が希薄なのではないかと思う。その点、日本は基本的には性善説で、国民の間の信頼関係が強いのではないか。

もしアメリカの論理でいけば、最終的に正義は多数決ということになってしまう。だとすれば、世界で一番正しいのは「中国」って事になっちまうしね。

批判や評論は国民全体でやっても構わないが、本来司法、行政、立法はそれなりに勉強した人間がやるべきだと思う。特に何百人もいる国会議員ならばその中に数十人素人がいても目立たない(ほんとはこれも困るけどね)が、都道府県知事のようなトップになる人の場合は決して素人がやるものではないと思う。

おりしも素人都知事の後任選びが始まっている。幸い今回は意地悪ばあさんだのサザエさんのような「ド素人」は出てこなかったみたいだが、さて、ほんとうの意味のプロはいるんだろうか。東京都民の皆様のお手並みを拝見したい。


今日の教訓:公約は理想論、現実は厳しかった・・・なんて後から後悔しないでね。


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