9月3日(木)
2年前、喉頭ガンの手術をした父が、月曜日からガンセンターに再入院した。だいぶ喉が腫れているようで、検査次第では再度手術を必要とするとのこと。
前回の手術では、術後も声が出て問題無かったが、今回の手術ではもしかすると声が出なくなるかもしれない。本人もガンだということ知ってるから、入院前に自分の部屋の片付けをしていた。「もしかすると、もう家には帰れないんじゃないか」なんて、きっと考えたんだと思う。それを見ないふりしながら見ていた母の心の痛みを感じる。
私は弟も肝臓ガンで亡くしているし、父の妹も乳ガン。どうも父の家系はガン系統のようだ。かく言う私自身も、γ-GTPで毎回引っかかってるし、妻は「あなたが死ぬのは肝臓ガンだろうね。」なんて言われてる。
でも、私は人間はそんなに簡単に死ぬもんじゃないって思ってる。人間自身が持っている「治癒力」ってのは相当なもんだ。だから、自分自身が生きるのをあきらめたとき、その人は死んでしまうんじゃないかと考える。(なんか、宗教っぽくなってしまったが)
現に、父は幼い頃、「体が弱いから20歳まで生きられないだろう。」と医者に言われながら、72歳まで生き抜いた人間である。その間、酒を飲み、タバコを吸い(さすがに最初の手術前にやめたが)していてもだ。
だから、父からいつも言われていた、「人間は長く生きる事より、いかに生きるかが大切だ。」という言葉を噛み砕いてしまった、「酒も知らず、タバコも知らず、女も知らず、100まで生きた馬鹿がいる。」ていう言葉が身にしみる。(自分がタバコやめた途端、「タバコなんて吸ってる奴は馬鹿だ!」と私に言いつづけているが・・・)
とは言いつつも、死ぬ間際に、自分の人生に満足できる人がどれだけいるだろうか。私は、子供が生まれたとき、「こいつが一人前になるまで、死ねない。」と思った。責任を持って育てなければならないと。
人間、生まれた順番に死ぬのが普通ってもんである。そういう意味では、私の弟は親不孝だと思う。(もちろん、本人が望んで亡くなった訳ではないが)私自身、自分の子供にもしものことがあったら、その悲しみは計り知れないだろう。だから、子供に手にかけたり、自ら命を絶つ人間は許せない。
つい先日、私の知人が自殺した。彼のご冥福はお祈りするが、たとえどんな苦労があってとしても、自殺は最も安易な逃げ道の選択だと思う。正直言って、その命を私の弟や父に譲ってくれるもんなら、譲って欲しい。
今は、父の手術がうまくいくことを願うとともに、自分自身、今日一日をいかに生きるかを大事にしていきたい。
今日の教訓:お父さんは死なない。今日もがんばって生きている。
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