パキスタンが核実験をした。インドへの対抗措置だそうである。
この2カ国は、もともと同じ国だったが、日本人にはなかなか理解できない、いわゆる宗教対立による戦争が頻繁に起きている。ここで、2国間の歴史を調べてみた。
- 1946年、カルカッタでヒンドゥ教徒とイスラム教徒が衝突し、4日間で5000人の死者を出し、これを契機にヒンドゥ教徒とイスラム教徒の対立は全土に広がり、両者の対立は決定的なものとなる。
- イギリス領インドは、インドと言う名前を維持した中央部の主としてヒンドゥ教徒地域と、イスラム教の東西パキスタン(東パキスタンは現在のバングラディシュ)に分けられる。
- 1947年、インドとパキスタンは分離独立。1948年、狂信的なヒンドゥ教徒により、ガンジーが暗殺される。その後、カシミールを巡ってインドとパキスタンがカシミールに軍隊を送り、二国間で戦闘が起こる。
- 1949年、国連は停戦を調停し2国にそれぞれカシミールを分配したが、国境は明確でないまま残される。
- 1965年と1971年には再度2国間で戦争が起こった。1971年の印パ戦争は、東パキスタン独立にインドが協力して起こり、東パキスタンは独立し、バングラディシュとなる。
確かに、このような歴史的経緯を見ると、パキスタンの国情も理解できるが、だからといって、核実験による報復をしても仕方ないということには繋がらない。
イスラム教では報復は当たり前なようだ。だが・・・現代社会でこの「やられたらやり返せ」は、1国の首相の決断としては、あまりにも幼稚で情けない。まるで小学生の喧嘩である。
「核」を兵器として使えば、大量殺戮を招く。さらに、双方が「核」を使えば、双方の国民だけでなく、近隣の国、あるいは世界の人々や環境・・・地球までを破壊する兵器だ。そんなものを使う国民は、現代人ではなく、野蛮人だと思う。インドおよびパキスタン両国の国民は、世界から非難される、恥ずべき立場にあることを理解してもらいたい。
一方、今回の各実験を止められなかった、唯一の被爆国である日本政府にも失望した。日本の憲法のなかで謳われている、恒久平和は、少なくても自国のみが平和であればいいという理念ではないと思う。
それが、今回のインドの実験と、パキスタンの報復による、「核不拡散」という願いを根底から覆すような行為に、インドに対する新規円借款の停止という、実効があるんだかないんだか分からないような経済制裁と、「遺憾の意」しか表明できないとは・・・
これまでの様々なトラブルの時もそうだったが、日本政府のアメリカの顔色を伺いながらの腰の引けた態度には、うんざりだ。果して自立国家としての誇りと責任は感じているのだろうか。こんな態度を採る限り、日本はアジアの各国から信頼されることはないだろう。
日本という国が、真に平和を目指す国である事をアジアの各国、そして世界の国々に理解してもらうためにも、こういう時こそ「言うべき事は言い、やるべき事はやる」という姿勢を見せるべきではないだろうか。
今日の教訓:髪型を気にする時間があったら、仕事しろ。