5月27日(水)

家の居間にあるテレビが壊れた。電源スイッチが壊れただけなんで、取り替えればいいんだけど、もう3週間ぐらいそのまま放置してある。

で、困るかというと、別に困らない。むしろ、テレビが無くなったおかげで、食事や団欒の時に子供や家族と話をしたり、新聞や本をじっくり読む時間が増えて、結構いい時間を過ごしている。

ところで、最近のテレビを見ていると、CMに入る直前の部分を盛り上げておいて、CM終了後に同じ部分を数十秒間流す手法が横行している。あれは、CMを見させるための手法なのか、CM中にチャンネルを替えさせないための手法なのか。たぶんチャンネルを替えさせないためだろうな。

しかし、見てる方にとっては非常に迷惑な話だと思う。だいたい、テレビの放送時間て、1時間のうちCM除くと実質四十数分間だと思うが、あれやってると、実質的な放送時間はもっと短くなってるわけだ。

バラエティ番組なんかになると、時間の使い方が無茶苦茶なの結構あると思う。内容自体は15分もあればいいようなものを、無理矢理「あーだ、こーだ」とどうでもいいコメントなんか付けて1時間番組に仕立て上げている。

こういう番組を見るにつけ、テレビにも、放送休止日があってもいいんじゃないかと思う。「テレビがつけなければいいじゃないか」というかもしれないが、実際にテレビがあれば、子供が付けたがるから、そうはいかない。

もしかすると、人間はテレビからある意味ではいろんな情報を得ているけれども、その反面で、一生の貴重な時間を無駄に過ごしている部分もあるんじゃないだろうか。

3歳から1日1時間テレビを見たとして、80歳まで生きると、28,105時間、これは1,171日、3年2ヶ月分にあたる。こう置き換えてみると、非常にもったいない。

昔、パソコンは車の運転と同じように年齢分の時間がかかると聞いた。てことはだいたい20〜60時間で基本的な操作はマスターできる訳だ。難しいのはピアノで、約1,000時間かかるとか。

こんな事を考えると、テレビで得る情報よりも、自分の趣味などの世界を広げる事に時間を使ったほうが有益なような気がする。

インターネットの普及で、情報化社会とか言われているが、自分に不要な情報がいくらあったところで、その情報は何の意味もない。個人にしてみれば、アメリカの重大ニュースよりも、近所のどこのスーパーのトマトが安くて美味しいかの方が、重要な情報なのだから。

今日の教訓:情報の重要性は、受け手の意志でその価値が変わる。