Ballad For Pure Generation

021013



リビングに戻ると、呑気な鼻歌なんかが聞こえてきたから、水野はその眉を軽く顰めた。
ああ御機嫌ですね、全く。そりゃお前の得点で試合が決まったんだもんな。くそっ。
勢い良く閉まったドアの音に、ソファでくつろいでいたシゲが振り返る。
「風呂終わった?」
ぱたりと雑誌を閉じてシゲは部屋の隅のクローゼットから自分の着替えを取り出した。この家に彼が来るのは年に数える程しかないのだけれど、それでもちゃっかりと自分の居場所を確保している、それはもう自然に。
「ビール冷やしといたで」
未成年の癖に一体何時の間に準備したんだか、そう言い残してシゲはさっさと風呂場へと消えた。



「……い、起き」
「……ん?……シ、ゲ?」
あれ、何でこいつが目の前にいるんだろう。お互い忙しくて暫く会えなくて。
「風邪引くで」
優しく肩を包むこむように抱き締められて、触れる体温に水野はようやくそれが現実だと認識した。
ああ、そうだ、今日はうちのホームでサンガと試合があったんだ。
シゲがうちのマンションにきて、で、俺はシゲが散らかした部屋を片付けさせられてむかついてついビールを呷ったんだっけ。
「先に寝てまうなんて冷たいなあ、タツボンは」
くすりと笑ったシゲの唇が軽く水野の頬に触れる。
「ちょ、シゲ……!」
慌てて引き離そうとする水野にシゲは肩を竦めた。
「相変わらず慣れへんなあお前」
こういう仲になって、もう何年経ったのか。そろそろ慣れてキスを返すくらいには成長してくれてもよさそうなのに、このおつむの固い恋人は一向に慣れる気配がない。
返されるその新鮮な仕草が可愛いからついからかってしまうのは自分だけの秘密だ。
軽く耳朶を噛むと、息を止めてそして指を震わせたのがわかった。
「シゲ……っ!」
まだ風呂から上がったばかりなのだろう、ちゃんと乾いていないシゲの髪の先はしっとりと水分を含んで水野の首筋を撫でた。ふわりと香るシャンプーは水野のそれと同じものだ。少し甘い香りはシゲのイメージとは掛け離れていて、だからこそそのアンバランスさに水野は目眩を起こさずにはいられない。
京都と横浜。お互いJリーグからのオファーを受け、今はプロとして各々の道を歩む日々。
けれど実際に離れてみてようやく分かったのだ。
自分がどれだけシゲに依存してきたか。そして依存されてきたのか。
友情と愛情、それに秘密という媚薬が混じりあった関係は確かに二人を真綿のように包んでいてくれていたのだ。
その殻から飛び出してようやく気付いた。
大事なことは大抵後から分かるものだ、と、昔自分達を導いてくれたコーチが言っていた言葉を水野はふいに思い出した。
「こら、何考えてんのや」
ぽかり、と額を小突かれて水野ははたと正気に返った。
正面のシゲが不服そうに頬を膨らませていた。
「人が愛を囁いとるのに、真面目に聞かんかい」
「何が囁くだよバカ。コーチのこと、思い出してただけ」
「はあ?」
「松下コーチだよ。あの人、明日からの合宿に来るんだっけ?」
「多分今回もおると思うけど……」
シゲの眉が不機嫌そうに顰められたと思ったら、ぐい、と顎を掴まれて深いキスを落とされた。
「んっ……!」
柔らかく絡んでくる筈の舌が、強引に水野の口腔を犯す。顎を掴む指の力が酷く強くて、水野は思わず涙目になってしまうのを懸命に堪えた。
蒸せ返るような熱情がざらついた舌越しにダイレクトに伝わってくる。
どうにも息が苦しくなって、覆い被さっている胸を拳で叩くと、シゲはようやく水野を解放した。
「…っばか!苦しいってんだろ!」
ぜいぜいと息をつく。続けて文句を言おうとしたら、今度は力強い腕が伸びてきて水野はあっけなくソファの上に倒された。
「あのな」
「何だよ」
「こーゆー時に他の男の名前とか出さんといて?」
は、何言ってんだコイツ、と水野は思わずシゲの顔を見つめた。普段はその笑顔の下に巧みに感情を隠しているシゲが、今はその不機嫌さを露にしていた。
「男って……」
もしかして、もしかしなくても松下コーチのことだろうか。
シゲが更に機嫌を損ねるだろうとは分かっていたけれど、それでも水野は笑わずにはいられなかった。
「こら!何笑ってんのや」
「ばーか」
ゆっくりと腕を伸ばす。伸ばした指の先にシゲの髪が触れる。昔はもう少し長くて、キスされていると首筋や胸の辺りにその金髪が触れて、こそばゆくて、そしてそれすらも感じてしまって仕方なかった。
今は短くなったその髪を掻き揚げるようにして指を伸ばし、シゲの首筋に触れる。引き寄せて、降りてきた唇に水野はそっと口吻けた。

大事なものは。後から分かるものもあるけれど。

指に力を込める。最初は少し驚いていたようなシゲだったが、すぐに水野の愛撫に返してきた。お互いの存在を確かめるかのようにゆっくりと舌を絡め熱を交わす。


今、自分はちゃんと自分の大事な存在を知っています。

「明日のこと、考えてただけだ」
「富士の合宿か」
「そう。……あいつ、戻ってくるのかな」
ぴくり、とシゲの身体が反応したのが分かった。二人の間で、それは呟いてはいけない魔女の言葉のように、禁句としてずっと胸の奥底に仕舞い続けていた。
「風祭……元気で、帰ってくるんだよな」
「……そやな、絶対に、元気になっとるよな」
あの日から、もう三年もの月日が流れてしまった。桜上水の狭いグラウンドで、ただがむしゃらにボールを蹴っていたあの頃から今は遠く離れ。
知ってるか、風祭。
シゲ、サッカー続けてるんだぜ。シゲだけじゃなくて俺も、頑張ってプロになった。
そして。
お前に言うかどうかまだ決めてないけれど。
俺はシゲという男が大事なんです。一番。
風祭がいない間も、大事な奴と一緒に支えあえたから、ずっと頑張ってこれた。
お前が聞いたら、喧嘩ばかりしてたのに、って笑うかもしれないけれど。

早く、三人で、もう一度、サッカーしたいよ。

「シゲ」
名前を呼ばれて、自分も別事を考えていたことに気付きシゲは照れ笑いをした。
「なあ、続きしねえの?」
「なんや、今日はお誘いモード?」
「約束だし、別に嫌ならいいんだけど」
二人の秘密の約束。各々のホームでの試合で、負けたら勝った方の言うことを何でも聞く。
それは大抵二人の夜の過ごし方に決まっていたのだけれども。
優しい笑みで、ゆっくりと降りてくる瞳に水野も笑いながらその目を閉じた。







エッチ挫折(泣)ぎゃー!SSの書き方忘れてるんですけど(泣)!お絵書きに慣れてきたと思ったらやはり……両立は無理ということですか。がくっ……↓

理由もなくやっちゃってるのかきゃいいのか。原作に微妙にリンクさせようとするとどうしてもぬるくなります。ううううう……。